大澤 秋津 official blog

或る市民ランナーの内省録

Still, life goes on!

駿優予備学校郡山校駿優宇都宮校の生徒の皆様、こんにちは!

英語科大澤 秋津市民ランナー......そして、英語講師)です。

f:id:dragonfly_dynasty:20200514131449j:plain

※フォーム矯正前なので肩の軸がブレてます

 一度ピストルが鳴れば、あとはゴールまで走り抜くのがランナーの使命。4月21日に開設したこの臨時ブログですが、今日を含めたこの27日間で、この記事を含めて投稿数は40。閲覧者がたとえゼロであろうと最後までやり抜く覚悟でしたが、予想を超えるアクセスに支えられ無事完走することができました(……もっともマラソンではレース中にゴールが延長されるという事態は起こり得ませんが)。

 少しだけデータを紹介すると、開設からの総アクセス数は約5000、(変動がありましたが)一日平均150前後のアクセスをいただきました。印象深いのは開設翌日の4月22日の703という数字。両校のスタッフに告知していただいた直後とはいえ、どう考えても両校の生徒数合計を軽く超えていたので、僕の関知していないところでいきなり炎上していたり、各国の諜報機関にマークされているのではと、軽く被害妄想を抱きました。一方、出版のオファーCMの依頼ヘッドハンティングなどの企業からのリアクションが最後までなかったことが唯一の心残りです(嘘)。

 

 この休校期間を今振り返れば修正点はいくつか挙げられますが、とりあえず僕ができること、そしてやるべきこと、そういった‟本分”は選択肢が限られた中でなんとか果たせた、という感想です。

 このブログ映像授業の配信、どちらか片方だけでは不十分であり、僕にとってはこれは二つで一つのことでした。この奇妙な約1か月の間、毎日ブログを更新し続け(一本の記事は仕上げるのにいつも1時間以上かかりました)、出勤しない日は授業の予習をひたすら続け、走れない腹いせにやたら料理を作ってみたり……結果、普段よりも忙しい日々を送ることとなりました。まぁ、それはそれで充実してましたが……もちろん、こういう状況はこれが最後であって欲しいと強く願っています

 

 今回の僕の取り組みとその姿勢には、この約10年間の反省がいたるところに活きています。東日本大震災福島第一原発事故の直後、父の治療継続のために地元を離れざる得なかった時、責任者の方から「元気?こういう状況だからもう少し避難していてもいいけど、4月の開講からは君がいてくれないと始まらないから、そこまでには戻ってきてね」と電話で直接声をかけていただきました(電話を切った後、不慣れな避難先の街の一角で静かに泣きました)。自分が必要とされていることがとにかく嬉しかった。そして、この時の恩義を僕はまだちゃんと返していない、とどこかでずっと感じていました。「万が一、今度何かあった時は他の誰かのために動ける自分でありたい」という気持ちがあの時芽生えました。

 昔、自腹で機材を買って自分の授業風景を録画しながら技術の見直しを図ったことと、以前何回か‟無観客収録”を経験して映像授業についてのノウハウをある程度持っていたことも大きかったです。スタッフの尽力で休校期間が始まった翌週から映像授業収録が可能になり、‟教えること”という僕の最大の武器を活かす場を提供していただけたことに本当に感謝しています。この機会は最大限に活かし切ろうと思い、おかげで映像授業は最多登板となりました。

 かつて学校のホームページ上で運営されていたスタッフ交代制のブログに参加させてもらったことも今回この臨時ブログを続けていく上で貴重な財産となりました。こういったこれまでの体験や経験値を総動員することで、(微々たるものかもしれませんが)生徒をバックアップすることができました。この場を借りて、これまでに関わっていただいた方々に深く、心から感謝いたします

 

 ……最後にこのブログを読んでいただいたすべての人々へ、どうもありがとうございます

 何よりもこのブログを毎日更新し続けることが、他ならぬ僕自身が ‟Stay strong!”実践することでした。

 

 

 

それでは、今度は教室で!