大澤 秋津 official blog

或る市民ランナーの内省録

2020年度 上半期の読書録 その②

 気がつくと8月も中旬。『2020年度 上半期の読書録 その①』が予想を超える長さとなってしまったため前後半に分けたのですが、その後放置されたままだったので、ここらで決着をつけておこうかな、と思います。

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街角の一枚:それにつけれも、おや……どこかで見たような?

7.ローランド・レイゼンビー(著)、大西玲央(翻訳)コービー・ブライアント 失う勇気 最高の男になるためさ!』

 

 僕はバスケ経験ゼロにもかかわらず長年に渡るNBAファンで、コービーはデビューから引退までずっと見てきた選手の一人でした。特に最初の1~2年は人気が先行していたのと、傲岸不遜な言動が好きになれず、ずっとアンチ・コービー派でした。むしろ同時代の選手で一番好きだったのはアレン・アイバーソンです。

コービー・ブライアント - Wikipedia

 でも、デビューした年のカンファレンス・セミファイナルで重要なシュートを4本連続で外してA級戦犯扱いされた直後、明け方までシューティングの練習を続けたりキャリアを左右するような裁判を抱えながらも試合ではきっちり結果を出し続けたりアキレス腱を切ってなおフリー・スローを決めてから会場を後にしたりと強烈な印象を放つ選手でした。

 そんなコービーが、ちょっとやそっとでは簡単にくたばらないはずの男が、今年の1月26日にヘリコプターの墜落事故のため他界したことは、僕の中では未だにちゃんと認識できないままです。

 日本時間の1月27日の朝、起床直後にチェックしていたニュースで知ったコービーの他界は大きな衝撃で、僕は着替えをすることも朝食をとることも忘れ、40分以上台所の椅子から動けませんでした。「一体、人生って何なんだろう?」という 問がずっと頭の中を廻っていたことだけは覚えています。

  上記の本は発売直後に読んでいたのですが、改めて読み返してみました。彼の熾烈なプロフェッショナル意識‟Mamba Mentality”と称されています。前述のように僕はずっとアンチ・コービー派でしたが、薄々とそれが近親憎悪とか同族嫌悪の類だということに気づいていました。今回の再読ではっきりと認めざるを得ませんでした。僕の自分の仕事に対する姿勢は、‟Mamba Mentality”とほぼ同一のものです。これからのキャリアの中で、特に自分に対して妥協しそうな時、僕は僕なりに‟Mamba Mentality”を発揮していこうと決意するきっかけとなりました。 

 

 

8.アルベール・カミュ『ペスト』※新潮文庫版(宮崎嶺雄 訳)

 

 非常事態宣言拡大の直前、たまたま通りかかった書店の店頭で新潮文庫版の『ペスト』を入手できたのは、運命の出会いだったのかもしれません。この本は、これまで僕が読んできた本の中で(それほど多くはないけれど)、間違いなく最高峰の一角だと思います。

 ただ、僕が何とかこの深く難解な小説を最後まで読み切れた背景には、いくつかの偶発的要因が伴っていると思います。まず、今年はどういう訳かいろいろな本を読む機会があったこと。(失礼ながら)これらがとても良いウォーミングアップになっていたと思います。まぁ、読書ブランク明けにいきなり挑戦して読める作品ではなかったことは間違いないです。

 また、休校期間中、僕は‟教育を止める訳にはいかない!”という理念を打ち立てて限りある選択肢の中でもがいていましたが、リアルタイムでコロナ禍を経験しながらも自分ができることを試行錯誤していた日々に、時に登場人物に自分の姿を重ねることで初めて理解できる部分がとても大きかったです。誤解を恐れずに言えば、僕はこれ以上ない最高のタイミングとシチュエーションで『ペスト』を読むことができたと思っています。

 これから読もうと思う方のために、これ以上深く内容には触れないでおきますが、いくつか事前に知っておくべき注意点がございます。

 まず何よりも、とにかく簡単には読み進めることができない作品です。1日20ページも進まない日もざらにありました。恐らくこれはカミュ自身の文体的特徴や思想性よりも翻訳による部分が大きいと思います。時代性の違いもあると思いますが、日本語として破綻しているのではと思うような文章が結構あります。まさに今、この現代を生きる人々が読むべき作品であるにもかかわらず、翻訳が大きな障害となってしまっていることが残念でなりません。

 次に注意すべきは、カミュは安易な救いの全てを否定します。低品質のTVドラマや邦画の御都合主義的ハッピーエンドとは完全に逆のベクトルでストーリーは展開します。更にカミュ無神論者なので神や宗教による救済も否定します。喩えるなら、敢えてパンドラの箱を開き、一つひとつの真贋を厳しく問いながら最後に残されたものへと至る展開です。僕は途中から「このレベルの過酷な読書体験は一度どこかでしている気がする」と感じましたが、それは原作版の『風の谷のナウシカでした。

 最後に、カミュダブルミーニングを多用します。よく「カミュはペストをナチズムに対する比喩として描いた」という紹介を目にしますが、そんな単純な話ではないです。ペストに込められた意味はいくつもあります。またカミュは表現や言葉遣いなど至るところに複数の意味や暗示を込めてくるので、それが難解と言われる所以ですが、同時にいろいろな解釈が成立するという魅力でもあるのです。

 ……確かにハードルは高く、いくつもありますが、是非、このコロナ禍の生の体験を下敷きに自力で読み切ってください。多少わからなくても全然問題ありません。何故なら、次に紹介する‟公式ガイドブック”がその全てを解説してくれるからです!

 

 

9.NHK『100分de名著』テキスト 中条省平アルベール・カミュ ペスト』  

 

 2018年6月に上記の番組で4回に渡って放送された内容のテキストです。僕は『ペスト』読破の翌日に速攻で入手し、その日のうちに読み終えました!これまで分からなかった部分や疑問に感じた表現についてほぼ全て解説されていました!このテキストを読むことは僕にとって最高の答え合わせで、自分なりの解釈や理解が概ね間違っていなかったことがわかっていくのはスリリングな読書体験でした。

 これから新潮文庫版で『ペスト』を読もうと考えている方は、是非是非是非、同時に購入されることをお勧めします! ...…というか、これがなければ『ペスト』は楽しめない、そんな‟公式ガイドブック”です。面識はありませんが、このテキストをまとめてくださった中条先生には深く感謝しています。そして声を大にして訴えたい。「中条先生、『ペスト』の翻訳のやり直しをお願いします!」

 

 

10.村上春樹『猫を棄てる』

 

 村上作品は(特に『海辺のカフカ』や『騎士団長殺し』など)、大きく得体の知れない‟父性的なもの”が物語の重要な位置を占める作品が多いのにもかかわらず、御本人が自身の父親について言及される機会がほぼ皆無だったので興味を持った作品です。1日で読み終え、特に感想という感想もありません。

 むしろ、この作品を通じて自分の父親と向き合い直したことが、彼の次の作品にどのような変化を与えるか、ということに興味があります。

 

 

11.アルベール・カミュ『異邦人』※新潮文庫版(窪田啓作 訳)

 

 高校生の時に50ページ弱の地点で挫折した『異邦人』ですが、『ペスト』を読破できたという大きな自信と共に、今回は最後まで完走することができました。また、再チャレンジに際しては、前述の中条先生の‟公式ガイドブック”によるところも大きかったと思います。

 いろいろな解釈があると思いますが、僕としては主人公ムルソーはお母さんのことを最後まで深く愛していたのだと思います。そして、ムルソーの言動の根底にあったのは、「世界が不条理である以上、こちらも不条理に接してやる」という半ば自暴自棄な諦観というか、一貫した怒りだった気がします。あのままでは仮に太陽が眩しくなくても、どのみち破滅の道しか残されていなかったのでは……。一方、『異邦人』を読むことで改めて『ペスト』では「不条理な世界にどのように向き合っていくのか」に対するの一つ姿勢が描かれていたことにも気づきました。

 自分の提示した問題に対して、時間をかけて自分なりの答えを作品の中で導き出す……この作家性の有無が、もしかすると村上春樹ノーベル文学賞に値しない理由なのかもしれません。

 

 

12.高嶋哲夫『首都感染』

 

 今回のコロナ禍を予言するような映画『Contagion』を以前BSの再放送で見る機会があり、そして今回『ペスト』も何とか読み終えたので、「ここまで来たら、ついでにもう一冊くらい‟予言の書”でも読んでみるか」という勢いで手を出してみました。東京を中心に‟第二波の到来”が騒がれ始めた時期だったので、これもどこか生々しい読書体験でした。

 映画『Contagion』と同様先見の明の鋭さには驚くばかりで、約10年前の作品中に‟濃厚接触‟PCR検査”‟ソーシャル・ディスタンシング”などの専門用語がばりばり登場しているので、信じられずに何度も出版年数を確認してしまったくらいです。

 特に前半部分が秀逸です。情報を秘匿し続ける中国、対応の遅いWHO、経済とのバランスを考えるあまり決断が遅れる政府……‟事実は小説より奇なり”という言葉がありますが、むしろ現実が小説のプロット通りに進行している気がしました。

 ……というか『Contagion』にせよ『首都感染』にせよ、10年も前に科学的データに基づいてこれだけの予測がたてられるのであれば、どうしてもう少しマシな対応ができなかったのかがとても残念でなりません。

 惜しむべきは後半からの展開です。ネタバレを避けるために明言はできませんが、少なくとも僕は「世の中、そんなに善人ばかりじゃない!」という感想です。前半、あれだけのリアリティを伴って展開したストーリーだけに、後半からの性善説&やや御都合主義的な部分には少し不満が残りました。

 ‟起承転結”の‟転”の部分から性悪説ベースで描き直すことが、もしかすると今後の現実の予測になるような気もします。

 

 

 ……振り返ってみると、やはり僕の中での『ペスト』のインパクトが絶大だったせいで、他はやや渋めの感想に終始する結果となってしまいました。

 ちなみに『首都感染』を読み終えた後、村上春樹の最新短編集『一人称単数』を発売日に買って読み始めたのですが、2編目の途中で飽きてぶん投げたままです。

 夏期講習を終え、もう少し気温が下がってから、またいくつかの本でウォーミングアップをして、それから古典的名作に挑戦しようかな、と考えています。